上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

昨日は、娘の中学校での集まりに、参加してきました。

そこでのお話

1年生の学年スローガンの中に

「人を大事に」 というスローガンがあるのですが、

そのことについての、学年主任さんのお話が、とても素敵でした。
「人を大事に」ですが、
何故、「大切に」ではなく、「大事に」と表現したかといいますと、
「大切」という言葉には、「愛する」という意味も含まれているそうです。
 

(家に帰ってから調べてみると、確かに、そんな説明が書いてあるページがありました。
 語源由来辞典「大切の語源・由来」


人を愛する、というのは、確かに素晴らしいことですが、
ただ、
誰しも、人には 「好き」 「嫌い」 という好悪の感情というものがありますから、
「全ての人を愛する」というのは、中々、難しいものがあります。

けれども、どんな人も、かけがえのない存在である、
「大事である」 ことに、変わりはありません。

愛することはできなくても、「大事にしよう」
そういうわけで、ここは、「大切」ではなく、「大事」という言葉にしました。
 




う~ん、深い。。。。



実はこの学年、去年までの小学校のクラスで、

「仲間はずれ」について、何度か話し合いが持たれたことがありました。

仲間はずれのきっかけは、

1人の子が、特定の子を独占して他の子と話をしたり遊んだりすることを許さない~

独占された子は、他の子とも自由に遊びたいので、

その子がいない間に、他の子に相談しました。

「これ以上、独占されたら、息が詰まっちゃう。あの子と一緒にいるのがしんどい」

そんなこんなで、子どもたちがとった行動は、

「これ以上一緒にいたら、嫌いになってしまうから、少し距離をあけよう」と本人に話す、という選択でした。


少し距離をあけよう、と言われた子は、先生に相談しました。


先生は、その子の話をきいて、子供たちに言いました。


「仲間なのに、どうしてそんなことを言うの」


それを聞いた子どもは言いました。

「だけど、人には好き、キライの気持ちは、どうしてもあると思うんです。
 これ以上嫌いにならないために、距離を開けたいのに、 
 それでも、仲良くしないといけないんですか?」

先生は、それでも

「仲間でしょう。どうしてそんなことを言うの?」

・・・・・・・

まるで、ボタンを掛け違えたまま前に進むような~

そんなことがあった学年だけに、

中学校の先生が、

まず、
ただ、誰しも人には「好き」「嫌い」という好悪の感情というものがありますから、
「全ての人を愛する」というのは、中々、難しいものがあります。


と、好悪の感情があることを認めたうえで、

けれども、どんな人も、かけがえのない存在である、
「大事である」ことに、変わりはありません。
愛することはできなくても、「大事にしよう」


と、言ってくださるのを聞いて、親としてほっとした昨日の集会でした。


それにね、

大人の世界にあてはめてみても、

全ての人を愛せなくても、大事にする心があれば、

差別も、偏見も、風評被害も、消えてなくなる~



そう思います


ありがとう 
スポンサーサイト


追記を閉じる▲
「人を大事に」ですが、
何故、「大切に」ではなく、「大事に」と表現したかといいますと、
「大切」という言葉には、「愛する」という意味も含まれているそうです。
 

(家に帰ってから調べてみると、確かに、そんな説明が書いてあるページがありました。
 語源由来辞典「大切の語源・由来」


人を愛する、というのは、確かに素晴らしいことですが、
ただ、
誰しも、人には 「好き」 「嫌い」 という好悪の感情というものがありますから、
「全ての人を愛する」というのは、中々、難しいものがあります。

けれども、どんな人も、かけがえのない存在である、
「大事である」 ことに、変わりはありません。

愛することはできなくても、「大事にしよう」
そういうわけで、ここは、「大切」ではなく、「大事」という言葉にしました。
 




う~ん、深い。。。。



実はこの学年、去年までの小学校のクラスで、

「仲間はずれ」について、何度か話し合いが持たれたことがありました。

仲間はずれのきっかけは、

1人の子が、特定の子を独占して他の子と話をしたり遊んだりすることを許さない~

独占された子は、他の子とも自由に遊びたいので、

その子がいない間に、他の子に相談しました。

「これ以上、独占されたら、息が詰まっちゃう。あの子と一緒にいるのがしんどい」

そんなこんなで、子どもたちがとった行動は、

「これ以上一緒にいたら、嫌いになってしまうから、少し距離をあけよう」と本人に話す、という選択でした。


少し距離をあけよう、と言われた子は、先生に相談しました。


先生は、その子の話をきいて、子供たちに言いました。


「仲間なのに、どうしてそんなことを言うの」


それを聞いた子どもは言いました。

「だけど、人には好き、キライの気持ちは、どうしてもあると思うんです。
 これ以上嫌いにならないために、距離を開けたいのに、 
 それでも、仲良くしないといけないんですか?」

先生は、それでも

「仲間でしょう。どうしてそんなことを言うの?」

・・・・・・・

まるで、ボタンを掛け違えたまま前に進むような~

そんなことがあった学年だけに、

中学校の先生が、

まず、
ただ、誰しも人には「好き」「嫌い」という好悪の感情というものがありますから、
「全ての人を愛する」というのは、中々、難しいものがあります。


と、好悪の感情があることを認めたうえで、

けれども、どんな人も、かけがえのない存在である、
「大事である」ことに、変わりはありません。
愛することはできなくても、「大事にしよう」


と、言ってくださるのを聞いて、親としてほっとした昨日の集会でした。


それにね、

大人の世界にあてはめてみても、

全ての人を愛せなくても、大事にする心があれば、

差別も、偏見も、風評被害も、消えてなくなる~



そう思います


ありがとう 
スポンサーサイト

FC2blog テーマ:人生のコツ, 生き方のコツ - ジャンル:心と身体

【2011/04/15 11:55】 | 日記
トラックバック(0) |
コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿
URL:

Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
この記事へのトラックバック
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。